人はパンのみに生きるにあらず

 

拙者はおひつ侍 原 壱輩でござる。

拙者は美味しいごはんで世界の人を幸せにしたい!と日々活動をしているのでござる。

拙者の仕事(役目)は、ごはんを中心とした日本食で、世界中の人を感動させる事でござる。

 

拙者はこの仕事が大好きでござる!

 

「人はパンのみに生きるにあらず」と云う西洋の格言をご存じでござろうか? 調べてみるとキリスト教の聖書に書かれている格言だそうでござる。

意味としては、「人間は食べる(生活)為だけに収入を得て、その日その日をただ過ごす暮らしをするだけでは、生きる意味が無い」と云うことでござろう。 

勿論、外国なのでパンと書かれて在るが、日本でいえば“飯のみに生きるに非ず”と云うところでござろう。

 

話は変わるが、我々人間は何のために生きているのでござろうか? 

ひとり一人それぞれに環境も事情も違うため、一概に括れる訳もござらぬが、この答えを見つけることが出来る(できた)方を「幸せ者」と呼ぶのではないでござろうか?

実際に様々な方々が色々な書籍や作品の中で書いておられるのでござるが、自分のすべきこと(自分の使命)を見つけることができた人、これを“幸福”と呼ぶのでござろう。

拙者も全く同感でござる。 

 

自分の人生の中で自分だけができること、当然自分と他人とは環境が違うのでござるから、例え同じ様なことを成し遂げたとしても、それは自ずと違う結果になり、全く同様と云うわけには参らぬとぞんずる。

自分にしかできぬこと、それは例えば、世界的に影響がある“大きな”ことかも知れぬし、又は、全く個人的な“小さな”影響のことかも知れませぬ。  いずれにしろ、誰かに影響を与えたのでれば結果を残したと判断できるのでござろう。 

その際、結果の“大小”は大差無いと存ずる。  一般的に考えれば多くの方に対し結果を残せた方が良いと考えるかもしれぬが、あくまでそれは第三者の視点であり、自分がどの様に考えるのか(感じるのか)が最も重要ではござらぬか?

 

人は何度も生まれ変わり人生を送ると聞いて居るのでござるが、なぜ何度も人生を繰り返したりするのか? 

その理由は“自分にしかできない事を行なうことが楽しいから”なのではないかと思うのでござる。

拙者はこの、“楽しい!!”と思う気持ち、この“楽しい!”がとても!とても!大切な感情だと思うのでござる。

この感情が全てのエネルギ-の源、まさに“原動力”であるのでござる。

この国には感情というものを軽く考え、重要視しない風潮が現代には多く在るように感じておるのでござるが、この“楽しい!” または“楽しむ” 英語で云えば{have fun}が、人生の大きな価値、大きな意義を持つと拙者は思うのでござる。

 

どの道を通って人生を送ったとしても、結局のところ自分の人生を評価できるのは自分自身でしかござらぬ。 例え、他人から見て地位や名声を得ても自分が評価できるかどうかは、自分が一番知っているのでござる。

他人が評価できるのは、あくまで目に見える部分の評価のみでござる。

そうであれば、自分の満足が行く人生を送った者が勝ち!なのではござらぬか?

 

拙者は毎日、好きなことをして暮らして居りとても幸せを感じているのでござる。

ぜひ、皆様とこの気持ちを分かち合えることを、いつも願っておりまする!

おひつと羽釜を携えて、世界を廻ってみたいと念じておりまする!

最後までお読み頂き、誠に有難いでござる・・感謝

 

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